藤前干潟を守った市民活動とは
2026年1月9日 私たちにできること

日本ではこれまで、東京湾や大阪湾をはじめ
多くの干潟が開発によって埋め立てられてきました。
干潟は、多様な生物の生育地であるだけでなく
二枚貝による水のろ過や海草・海藻による栄養塩の吸収を通じて
水質を浄化します。
さらに、泥に有機物を蓄えることで炭素を固定し
気候変動の緩和にも寄与しています。
戦後から1979年までに
日本の干潟の約35%が失われたといわれています。
名古屋市にある藤前干潟も
1990年代前半にゴミの最終処分場にする計画が具体化しました。
名古屋市は1960年代頃から、ごみ処理場不足を理由に
名古屋港周辺の干潟や海面の埋め立てを進めており
藤前干潟の埋め立てもその一環でした。
しかし、市民団体・環境NGO・研究者らは
藤前干潟が渡り鳥の重要な中継地であることを理由に
反対運動を展開しました。
その結果、1999年に名古屋市は埋立計画を断念し
代わりに「ごみ非常事態宣言」を出して
ごみの発生抑制やリサイクル拡大を進める方針に転換しました。
この決定には、市民や自然保護団体による粘り強い運動のほか
国外での注目が集まったことも大きな要因といわれています。
その後、藤前干潟は渡り鳥の重要な中継地として
2002年にラムサール条約に登録されました。
この一連の出来事は、市民の力で自然保護を実現した代表例として
今も語り継がれています。
藤前干潟の保全の歴史は
世界中で続く森林伐採や自然破壊に対しても
粘り強く声を上げ続けることの重要性を
改めて示しているのではないでしょうか。